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++2005/02/27(日) ピンホールカメラ、悪の公式
南国でふらふらしているうちに思った以上に仕事がたまってて、今朝は働くためだけに朝8時起床。なんてすばらしいんだ、これで私もニッポン国民になれたぞおおい。バンザーイ!
そんな本日は、昼間すこし日が差していたので、以前からやってみたかった『ピンホールカメラで自分を撮っている自分をピンホールカメラで撮る』……ん? 『鏡に映った自分をピンホールカメラで撮る』というのに挑戦してみることにした。(この女、写真旅行ですっかりマスターしたと思い込んで調子こいてるのである)
姿見を窓際へ移動させ、やっぱ室内だと暗くて写んないかなあ……と思いつつもとりあえず撮影敢行。

さまざまなポーズをこころみるも、ポーズ以前にやはり鏡からの反射光だけでは光量が不足してきちんと写ってくれないご様子。
そもそもこのカメラの場合、写る範囲が広すぎるので、『カメラを持ってるのがわかるぐらい自分を大きく写す』ためには鏡にくっつくぐらい近づいて撮らねばならず、しかし、くっつきすぎると今度は、カメラと鏡のなかの自分との間に光が入らなくなるので、これまたくら〜いものしか写らなくなる。じゃあ、自分のぼよよんオッパイに照明でもはさんで鏡を照らし、マブシイよお、目の端に紫の光が残っちゃうよおって言いながら撮ればいいじゃないか! が、我が家にはあいにくそんな気のきいた照明器具はござらん。つうか、ぼよよんに照明器具をはさんだ写真なんて、必死すぎていやだ。そのまえに、ぼよよんでもないっつーの!
ならば『鏡に張りつき、がんばって微動だにせず15分ぐらい露光』してみるか。しかし、これまたこれまた。私の体は小刻みに震えている様子、まばたきもすれば鼻水もすする、調子こきすぎて始終くっさめを連発するハメになっているのもあって、結局うまくいかん。そうこうしているうちに、フィルムを10枚消費。じょわ〜ん、2,000円も使っちゃったあああ!
++2005/02/26(土) とうとがなしの盃で。

奄美大島らぶ。2月だっていうのにこの海この空。羽田からキーンと2時間、奄美空港に降り立ってまずなにをしたかって、トイレに駆け込んで、セーターと中に着込んでいた長袖を1枚脱いだよね。昼間は半袖でもデイジョーブ、泳ごうと思えば泳げる気候に感動。

浜辺の足もとはこんなにもかわいい。珊瑚や小さな貝がらがみっしりと落ちている。裸足で歩くのはちょっと痛いのかな。

すこし歩くと浜辺にこんな木が生えていたので、

さっそくピンホールカメラ登場。はいつくばって砂だらけなのに、操作は指で穴を押さえたり離したり、音もしない地味〜な撮影。(この写真を友達に見せたら『あんたがはじめて健康に見える』といわれた。うるせ!)

露光1秒。あああ……もっと近寄って撮ればよかった。適性だけど失敗。ようし、次こそは。

おおお! これ、いけてんじゃなーい? いけてんじゃなーい?

ぱしっ! よーしよしよし。
てなことを3日間延々とつづけて、つづけているうちに、徐々になんとか光量を目測して露光時間を決められるようになってきて調子が出てきた。(せっかく手に入れた露出計は『こんなもん、使い方がわからん』というだけの理由で、結局、奄美では一度もバッグから出されなかった)さらにピンホールカメラの特徴を利用した壮大なスペクタクル写真なんかもたくさん撮った。

昨日の日記にモノクロ版を出したこのグランドキャニオンにでも行ってきたんかという写真は、実際、用水路から出てきた水が浜辺の砂を幅1メートルの高さ30センチ程度に削っているだけの場所。しかし、砂のうえに置いて撮ると、超広角のこのカメラ、手前から先の先までピピーッと深く入るので何百キロもつづくモノッスゲー荒野のように写るのであった。いやあ、おもしろいなあ。撮りに撮った。フィルム18箱持っていって、10箱撮ったから……うおお100枚・約2万円! ひぇぇぇぇ!
て、もうちょっと奄美の自然や人々のすばらしさに触れる記述はできんのかといまになって思うのだけど、これが。出発前の計画では、奄美語をマスターして今後あらゆる場面で奄美語を多様してやるという意気込みがあったものの、島の空気を吸って島の時間を過ごしているうち、あまりにも心がのんびりしすぎて、“積極的に”奄美を観察しようなんて気がおきなくなったのだ。ただリラックスして、写真撮って、飛行機の時間になったので帰ってきた、“それだけのこと”ができた3日間であった。
強いていえば……朝方、部屋の外で近所のおばちゃんたちがしゃべっていたけど、相当天然の奄美語だったため、会話の内容が一滴たりとも理解できなかった。あとは……植物が豪快! やたらめったら葉っぱがでかく、派手だ。これまでに見たどの植物よりも植物としての野性を誇り、奇抜なファッションを満喫している。さすが熱帯。
でも、その姿をほとんど撮ってない私は、やっぱり奄美にぼけーっとしていたということだ。ってところだ。ああ、私は奄美へ何をしにいったのかしら……でも、これでいいのだ、それがあの島だ。さ、2回目は何月に行こうかな。

「こんなにたくさん撮りました。」
左・タイプ88フィルムで露光30分! 右・タイプ89フィルムで露光40分!
フィルムが違うだけでこんなにイメージの異なる写真になる。それよりなにより、100枚も撮ると、ようやく、室内で2枚撮るのに1時間以上もかけてみるという冒険もできるようになった。
……ん! すばらしいじゃないか、やっぱ奄美だよ。案ずるなかれ、そんなことを教えてくれた島なのである。
⇒ピンホール80
++2005/02/25(金) さすらいの旅女
ピンホールカメラを片手にふらりと飛行機に飛び乗り、このような国へいってきた。

夜はこの小屋にて息をひそめ、猛獣観察を行った。

そして帰りにほんのすこし遠回りをし、このような国で自然の壮大なスケールに畏怖した。

最後に高山病をおしてこのような国へ渡ることを決め、遊牧民の生活を観察、地球との共存に感慨を深めた。

女の足ではあまりにもつらい旅路であった。
さあて問題です。私は一体どこゆきの飛行機に乗り、たった3日間という旅行程で何カ国をまわってきたのでしょうか。
++2005/02/22(火) ヨドバシシバリ
ひさびさ新宿へ。うおお、やっぱ新宿ってクラクラすんなあ。人ごみの質がよその街とちがってキリキリマイマイしているのだ。特に歌舞伎町。あそこには空はない。あそこにあるのは「天井」だと思う。風通しも悪くていつまでも人の欲が滞留している。だから空はあんなにネバッこく、ヤニっぽく、汚らしいものにしか見えへんのよ。
という新宿に住んでいたとき、私はなんてったって『ヨドバシカメラ』派だった。プリンターもスキャナーも用紙もインクもデジカメも全部ヨドバシカメラで買っていた。それよりなにより、ヨドバシカメラ総合本社の上の階に住んでいた。はじめて買物をしてポイントカードを作ったとき、案内書の本社住所に自分の家の住所が印刷されているのでびっくりしたものだ。
そんな深い絆で結ばれたヨドバシカメラと、しかしこのたび私は縁を切ることにした。いま住んでいる田園都市線沿線ではヨドバシは使い勝手が悪いのだ。乗りかえ先は渋谷の『ビックカメラ』。どちらも似たようなもん……というか社名以外の違いがわからないし。で、これまで貯めたヨドバシポイントを使い切ってしまおうと、先日、全額清算してポラロイドフィルム6箱と引き換えてもらった。ヨドバシ、サヨナラ……。
ということがあって、そういうわけなので本日はこれからお世話になる渋谷『ビックカメラ』まで残りのフィルムを買いに出かけた。こういうもんは初回が大切。買えば必ずポイントが貯まっていくので、キッチリ決めた場所で買うようにしないと、後々「ああ、あの時もビックカメラで買っとけばよかった」と損した気になるからだ。
が、これが。私のカメラで使うフィルムタイプってあまり需要がないようで、渋谷店では品切れとのこと。在庫を確認してもらうと、新宿西口店にたんまり置いてまっせ姉さんということなので、えええこれじゃあ意味ないじゃああんメンドクサイなああと思いつつ一路新宿へ。えーっと、フィルムだからマルチメディア館じゃなくってカメラ館、と……あったあった、んー? フィルムは別の建物か……そうね新宿のビックは品揃え多いのよね、フィルムコーナーフィルムコーナあ、あったあった、おおお、たんまりあるじゃないのおっほっほー。両手いっぱい持てるだけフィルムの箱をかかえた。レジに並ぶ。
「うしろのお客さま、こちらへどうぞお」
おおっと、ここでビックポイントカードを出さなければ。これこれハイハイございますよお、たっぷりポイント貯めてやってつかあさい。
「あの、お客さま……」
「はい?」
「これは、当店のカードではございませんが……」
え。
見ると、店員さんの胸元にはナナナナント『ヨドバシカメラ』というロゴの入った名札がぶらさがっとるではないかい。あわてて周りを見渡すと、買い物を終えた人の手もとにはやはり『yodobashi』とのロゴ入り紙袋! ままま、まちがえたあああ!! テンパった私がなにをいったかというと
「あ、あのっ、ここはビックカメラではないんですね? ビックカメラではないんですね? すすすすいません、ビックカメラだと思ってました! ビックカメラにします! なかったことに! なかったことに!」
ヨドバシ店員に「表へ出ろ、犯してやる」といわれてもおかしくないようなキチガイの裏返った大声大連発であった。大量のフィルムをレジに残し、私は着の身着のまま身ぐるみはがれるような思いでヨドバシカメラからころがり出た。そして、あまりの焦りで意味もなく入ってしまったドトールにて心落ち着け、再度、今度こそは『ビックカメラ』にて無事お買物をすませたのであった。
やはり、新宿は恐ろしい街なのである。
++2005/02/18(金) 布団さえ盗まれなければそれでいい
お薬飲んで〜、寝まくって。寝すぎて腰が〜、いたくって。
風邪のほうはかなり快方に向かいつつあるが、大事をとってもうしばらく寝ておくことに。そういえば昔、本当に仕事するのがイヤでイヤで、風邪っぴきをいいことに「大事をとってもうしばらく寝てます」とごろごろしながら2週間ほど調子こいてたら、しまいに「おまえは一体いつまで大事をとっとるんだ!」とお目玉を食らったことがあった。いやはや。やっぱ、いくら日頃から「体が弱い」と吹聴しまくっていても、やる気がないとバレるもんだなあ……。しかし、今回は本当にまだ熱っぽさと咳が残ってるんだ。決して大事のとりすぎではないぞ。スパー。ああ、のどが治るとタバコがうまい。
今日はペットシッターさんに来てもらって、打ち合わせ。うちの猫たちも2歳になろうかというところ。そろそろ落ち着いてきたことだ、奄美にも行くことだし、2〜3日お留守番してもらおうかなということで、はじめてシッターさんというシステムを利用する。
一日1回、1時間の訪問で2匹まとめて1500円。フード、水、トイレ、グルーミング、遊び相手のほか、換気、郵便物の取り込み、部屋の掃除もしてもらえるらしい。知らない人に合鍵を渡して家に入ってもらうのは不安かなとは思ったが、正式な認可をとって営業している感じのよい女性、説明書も契約書もきちんとしたものを作っていて、なによりナポリくんが「あっ、若いおねえさんだ♪」てな顔で寄ってきたのでお願いすることにした。よしよし、きみたち、お留守番がんばるんだよ。
……しかしまあ、うちには『盗られるもんがなんもない』てのも、こういうのを頼むときの大きなポイントになってるんだよな。あ、強いていえば布団か。これは盗まれると寝らんなくなるから、非常にこまる。あとは……なければ、ないなりに、なんとかなりそーなもんばっかりだ。物欲って、なんだろな。
さ、大事をとって、寝ようっと。ぐふふ。ワタシ・フトンスキー。
『ならば我々も』
飼い主よりもぬくぬくの必殺ハロゲンヒーターを独占するしごく健康な小姑たち。
++2005/02/14(月) 暗室だけは避けていくかまえで。
ちゅうことで、昨日の今日ではあるが、露出計と三脚をゲット。
さあ、これでますますマトモなピンホール写真を撮らなければならない趣味となってきたわけだけどお……予算オーバーで肝心なフィルムが切れてしまい、来週までおあずけ。このような状態を『本末転倒』という。今後は、自宅に暗室作る! とか言い出したりしないよう、じゅうぶん気をつけていきたいと思う。
さ、働くべえ。ゼニや、ゼニ。貧乏人の必須アイテム、ばらまいてナンボのゼニ様を稼がなくっちゃあ。次の誕生日には「貯める」という堅実な頭がほしい。
こないだ知り合いのカメラマンさんがうちのナポリくんの写真を撮りにきた。で、出来上がったものを見せてもらったところ、これがわりとうまいこと正面からの顔をおさえている。ナポリくんは落ち着きがなく、始終きょろきょろしているやつなので、ブレてない正面の顔を撮るのはとてもむずかしいのだ。かといって、フラッシュたくと目が光ってしまうし。ん〜、プロってすごいなあ。
……ムッ!
なんだと。うちの愛猫のベストショットを、他人にゆずってなるものか。

どうよ! 飼い主の特権、やすらかな睡眠中の足の裏。(バカ)
++2005/02/13(日) F153。ギブミー露出計!
推定無罪ではあるけれど、胃が爆発した原因はどうも最近飲みはじめたプロテインなのではないかと疑っている。
心優しき殿方さまが、弱った胃によくない食べ物のリストをメールで送ってくださったので、ふむふむと熟読。すると、煙草や香辛料に混じってバッチリ「牛乳、油物、腹持ちのよいもの」と書いてあるではないかい! ああ、プロテインといえば、一食抜いてもそこそこ平気というぐらい腹持ちの良いタンパク質。それを牛乳で割って連日ごぶごぶ飲んでいたわけだよ、私は。健康な人なら問題ないけど、胃虚弱の私にとっては大きな罠でもあったんだなあ、これきっと。くううう、健康への道のりは険しい。
まあ、もとはと言えば一日一杯のプロテインで健康になろうとする、この自分の安直で短絡的な考え方がなによりもよくない、つうか悪いのである。はあ。もういいよ、筋肉は。もともとチンマリした人間なんだから、健康だってチンマリチンマリ手に入れていくよ。
そんなことを思いながら冷蔵庫をあけると、家出の四国人が手みやげとして持ってきた『さぬきの夢2000』なる讃岐うどんが上段にビッシリ積み重なっており、先ほどのメールには「意外に負担が掛かるので控えた方が良いもの⇒うどん」とも書かれていたことを思い出し、しゅうぅぅ、ため息ついてお粥の製作にとりかかったりしたのであった。
そんな本日。天気がよかったので、先日購入したピンホール80を持って散歩にでかけてみた。ああ、ゴージャスな散歩であるよなあ! なんたってこのカメラのフィルム、10枚で2,000円以上すんだもの。のんびりペースで小一時間4,000円の消費。
そのうえ、私はいま『20枚撮ってもまともに写ってるのが1枚ぐらいしかない』という大変ショッキングな事態に陥っており、はやくもピンホールカメラへの情熱とテンションがへしゃげていきそうな、そんな瀬戸際に立たされてしまっている。
やばいよやばいよ。もう1ステップでいいからマスターしてしまわなくちゃ、あっというまに宝の持ち腐れ化してしまう。でも、予想以上に“なんとかならない”んだもの、このカメラ。ああ、やっぱ露出計買わなきゃだめかなあ……。せっかく奄美大島行くわけだしな……。でもな……。
奇跡の2枚。

(左)晴れ・16時・日陰・露光10秒・フィルムタイプ89
(右)明るい曇り・14時・日陰・露光3秒・フィルムタイプ89
↑と、一生懸命フィルムタイプまで書いてるのは、どなたかピンホール80にくわしい方が情報くれないかなああああっ、と、思っているからであります。
++2005/02/12(土) 短ランのヤンキーにゲロを吐かせた
短ランのヤンキーが大通りの自販機でコカコーラを買った。
ヤンキーは、自分が通行人にじろじろと見られているのに気がついて、「よーし、いかにもヤンキーっぽい仕草でコーラを飲んでやろう」と思った。どうすればいかにもヤンキーっぽく見えるのか、ディテールを思案しているうち、ヤンキーは「オレは短ランを着たヤンキーであるから、まず、このコカコーラが350ml缶ではなく、ビン入りのやつじゃないと情緒がなくてだめだ」と気づいた。そこでビン入りのコカコーラを探しに出かけるが、なかなか見つからない。そのうちヤンキーはストレス性の胃酸過多になり、短ランのまま路上でウンコ座りをしてゲロを吐いた。通行人は短ランのヤンキーがウンコ座りでゲロを吐いているというWパンチトリプルパンチの状況にびっくりして顔をひきつらせて道をよけた。ヤンキーはそんな通行人を見て思った。「ああ、オレはいまどこの短ランのヤンキーよりも『短ランのヤンキー』という事実を強調してここにいるのだ……」
――というコントを見てげらっげら笑っている、という夢を見た。目が覚める瞬間に、ちょっと自分の笑い声まで聞いてしまった。どこがそんなにおもしろかったのかはともかく、昨日までのゲロな日々でよほど精神的に食らっているものがあったらしい。
そんな本日は、わりと回復。胃も通常どおり動きだし、ぐううう、と鳴っている。ヨカッタノダニダ。
⇒こんな短ランやった。
++2005/02/11(金) ゲロゲロコントローラー
それほど多くの傷病をわずらったわけではないが、これまでの経験のなか、私にとってもっとも忌まわしき臓器は、胃である。神経質でネクラな人間である私は、扁桃腺を切る要領でお手軽に胃を切ってもらえることができたらどんなにラクチンかと思う。
胃炎程度なら「持病だけど大病じゃない」し、自分でも気にならないことが多いので大衆薬2粒で放置してしまう。だども、爆発するとはた目にはそうは映らなくとも本人は24時間つらい。あっああん……食べたら吐く。吐くと、次に食べるものを考えて憂鬱になって吐き気がする。きのうの朝から連続何食もそれがつづいていて、もう、限界じゃあ。
きのうは家出の友達フロム四国にシチューを食べさせ、風呂に入れ、寝かせ、翌朝、東京見物に連れて行った。が、まず渋谷のトイレで一発、朝食をもどす。2時間もまえに食べたものが、まったく消化できてない……。だけどなあ、せっかくはじめて東京にやってきた身寄りのないも同然の四国人を放っておくわけにもいかんし、再会したのも5年ぶりだし、と、つきあっているうち、原宿で二発め、直前に飲んだキャラメルマキアートをもどす。こうなると、もう、吐き癖である。ラフォーレでうげげげ。裏原宿でうげげげ。表参道でうげげげ。青山でうげげげ。ありとあらゆるお洒落の街でうげげげ。
だんだんもどすのが上手になってきて、3回目くらいからは前回までの復習と応用により、適度な速度と角度にて、便器の一番深い部分に、正確にオツリなく、ゲロをコントロールできるようになってしまった。悲しい。こんな状況でも、最大限うまくこなそうとしてしまうゲロに対する自分のプロ意識が、とてつもなく悲しい。
最終的には、六本木ヒルズのフレンチレストランに入ったとたん、パンのにおいに反応して「ウッ」とトイレに駆け込んでしまい「あんた、また子供できたん?」「うるさい、『また』ってなんよ!」みたいなひと悶着まで起きてしまう始末。だので、
「いや、食べる直前で悪いけど、胃の調子が悪くてゲロってきたんや」
といってみたら
「うそ〜お、だいじょうぶな〜ん? ほんでも、あれや、吐いたら食べられるから、まあ、ええやん、よかったわあ♪」
「そ、そやな」
そして一人前5000円のコース料理を食べ終わると、私はそれをもれなくすべてキレイサッパリあますところなくふんだんに、六本木ヒルズのトイレにお返ししたのであった。
悲しい! カナシイヨー!
++2005/02/09(水) 憧れが行動力の原点です。
憧れが行動力の原点です。
行くと決めたら行く女、昨日の今日ではあるが、奄美行きの航空券を予約してみた。金のことは知らん。行って帰ってくるくらい、なんとかなるだろ。いえー! まってろ、奄美。できれば、晴天で!
そんな本日。
四国在住の友達が仕事に嫌気がさし、いまから飛行機で家出してくるというので、とりあえずバスタオルとパジャマを準備して部屋をあたため昼間からずっと待っているわけだけど……なかなか到着したという連絡が来ない。そろそろお夕食の時間なんだけどなあ。あの子、シチューとか食べるかしら。そわそわ。A型の私と、B型の友達との関係性。如実である。
にしても、もう28だというのに家出って、私の友達はそんなんばっかりかい! ああ、でもほかならぬ私が“そんなん”代表だと思われてもおかしくないことばかりしているのだろうから、これは仕方のないことよなあ……かくなるうえは、結婚でもしなければ。そのような葛藤と離脱の精神のなか、延々数週間の入荷待ちを食らわされたPolaroid社の自由と愛と平和と健康のカメラ、「ピンホール80」がようやく届く。

あまりに待たされたので、ちょっとテンション下がりぎみだったのだけど、これが。おもしろいのなんの。だって、まずレンズがないんだもの。遮光版を抜いたら、レンズのかわりに開けられた針穴から指を離してフィルムを感光させるだけ。指を離した時間によって写真の色合いが変化する。シンプルすぎて、ぜんっぜん、思ったとおりに撮れない。ていうか、ファインダーがないのでどの範囲が撮れてるのかがまずわからん。
記念すべきファーストショットは、とりあえずインドアで。

おおお、日の光が入ってれば室内でも撮れるもんらしい。露光時間3秒。つづいてお外へ。

10秒。ふつうの昼間なんだけど、日陰で撮ると全体的に青くなるらしい。流れている雲は、筋をひいて写る。

木の下で10秒。手ぶれすると、こんな風に撮れる。
と、この3枚を撮るために、すでにフィルムを2,228円×2箱相当ロスしているわけで、これは稼がにゃならんと、ふたたび目のまえの仕事に手をつけはじめるのだった。
しかし、それにも増してこのカメラの困ったところは、ものすごい量のゴミが出るということだ。フィルムがね、撮って置いとけば浮き上がってくるやつじゃなくて、ピールアパートっていう、バシャッと引き抜いて2分待ってからはがすタイプなのね。乳剤? みたいなのがベタベタ染み出てくるし、外で撮るとポケットノナカ、ゴミデ、テンコモリヨ。環境のカメラ、ではないわけね。

⇒そんな Polaroidピンホール80はこちら
++2005/02/08(火) チュンクビーナゲェササラサットゥタンチュカ
ウトゥルシャン トガ カフテ ウン チュ ヌ チュンクビー ナゲェサ サラサットゥ タン チュカ。
(おそろしい 刑罰を 受けて その 人の首は 長いこと さらされていた そうだ。)
日本語である。奄美出身の友達に、奄美の方言を教えてもらった。サンスクリット語かと思った。ていうか、サンスクリット語ってなんだ。よくわからないが、奄美の人ってすごいと思った。
最近の若い人がどうなのかはわからないけれど、基本的に日常生活ではこういう言葉がとびかっていて、教科書やテレビ、ラジオなんかは標準語という環境にいるということだ。日本語バイリンガル。やはり田舎はすごいのである。田舎にしかない言葉で、田舎の人間だけが通じる、田舎魂で語らえる。ああ、田舎から出てきて、よかった!
もうひとつ衝撃を受けたことがある。私はいまのいままで、奄美をてっきり沖縄県だと思っていたが、ついでに種子島と屋久島も沖縄県だと思っていたが、そうか……鹿児島県だったのか! いやあ、赤っ恥、赤っ恥。「レギュラーの松本」と「なかやまきんに君」を最初のころ同一人物だと思っていたとカミングアウトしたときぐらい、赤っ恥である。(どちらかというと、後者の勘違いのほうが友達の態度は冷たかった……)
まあ、そんなことは棚に上げて、奄美のことを調べていたら、その魅力の数々に圧倒され、すっかり憧れてしまった。行きたい! しかも往復航空券たって、たいした金額でもない。都内で遊んで、駐車場やら入場料やらティータイムやらで小銭をばらまくことを考えたら、キーンと奄美まで飛んだほうがずっと有意義じゃないか。
ああ、行きたい。来週あたり、行っちゃおうかしら。んーでもな、問題は「現在、必然的に一人旅」ということだ。殿方さまがた、どなたか私と奄美へゆきませんかあ〜かぁ〜ァ〜……いねえな。行くなら1人で行くよ。チクショウ。
キモチャゲサヌ ナダ ドゥ ナリョット。
(かわいそうで 涙 が 出ますよ。)
本日のナポリくん。猫目線で見てみると、わりと男前である。

++2005/02/07(月) ハート・トウ・ハートに憧れている次第
目がさめて、オマタを見たら、血まみれだ、おけけもケチャケチャああケチャマン。
世の中にはケチャマン予約、つまり生理中の女の子を予約するっつう制度があったりして、引き受ける子はがんばるよなあと思うが、予約する男は気色悪いよなあと心底思う。生理中だからって中出しOKっちゅうもんでもないしね、プレーだから。しかも「キミが気にしないならオレはいいよ」ってのでもないしね、金払ってあえて予約だから。ああヤダヤダ、しっ、しっ!
なんつうことを言っている最近は、もう変態プレーに少々飽きがきて、やっぱごく普通のハート・トウ・ハートがいいなあと憧れている次第。女の子はときに、ただ黙って抱きしめられたいと思うものさ。愛だ、愛。不倫文化でかっこつけて疲れてしまった女性たちも、そろそろ孤独と決別するために一歩ふみだしてみるのもいいんじゃないかなあ。人はそんなに「ひとりじょうず」じゃいられないもの。すくなくともそう体感した女がここにひとり。

ひさしぶりナポリくんのニャンコロ姿を激写。
お気に入りの猫じゃらしを持ってきて「にゃあ」と一言。そして、私が猫じゃらしだすのをじっと期待の瞳で待っていたりする。愛いやつよのお。
++2005/02/06(日) これって来月から、暮らせるの?
まじで金がない、ATMからお金が引き出せなくなっている、調べてみたら通帳残高が986円だった! とかいろいろ吹聴しまくっていたら、心やさしき方が日当で撮影のアシスタントに雇ってくだすった。
しかし、勝手のわからない仕事、なにをどうお手伝いすればいいのかもよくわからず、妙に手を出して邪魔になったら悪いし、困ったなあ、この辺に立ってたらいいのかな、ああ非常に首がかゆい! かゆいけど、今ポリポリかいたら“やる気のねぇアシスタント連れてきやがって”と思われるよな、そうなったら雇ってくだすった方に申し訳けない、よしとりあえずしっかり立っていよう、なるべく愛想のある顔でアシスタントっぽく……って、アシスタントっぽいってどんなだろう? 存在感も生命力もうす〜いけど算数には自信がありますって感じかなあ――などと思っているうちに撮影は終わってしまい、結局なにひとつお手伝いできず、まるきり役に立たない人間としてそこに存在してしまった。とてもとてもつらい仕事だった。ま、いいか。お金もらえたし。
帰りに「芸術ってなんだ」という話になり、絵は芸術、音楽は芸術、じゃあ写真は? 文学は、演劇は? などの議題についていろいろな考え方を聞く。
うーん……むずかしすぎて私にはよくわからないけど、いま思うのは、“これは芸術だ”と定義するのにジャンルなんかは関係なく、人間がつくりだしたなにかを観たり聴いたりした人が、その人の心のなかで理由もなく“あ、これいい”と感じた時間のことなんじゃないかなあというところ。
絵でも音楽でも写真でも文学でも演劇でも、芸術になる可能性もあれば、ならない可能性もある。1万人が「この絵はいい!」と感じても、なにも感じず素通りした人が1人いれば、その1人にとっては芸術ではない、みたいな??? ウ、ウ〜ン、議題がでかすぎて消化できん……
でも、とにかく思うのは、なにかの作品について「ここがいいから、すばらしいよ」という理由づけがはじまってしまうと、もうそこからは、感覚が批評欲とか自己顕示欲とかにすりかわってしまったりして、芸術を愛でるという行為からは逸脱するんだろうな、という雰囲気。か、なあ。。。
って、もうわけわかんないや! これ以上考えるのはムリムリ、私には。もっと目のまえに積み重なってるち〜っこい議題がたくさんあるんだよ、たとえば、「ここ2〜3ヶ月、すぐお金になる仕事ができなかったんだけど、これって来月から、暮らせるの?」とか。
++2005/02/05(土) 分をわきまえていれば数学強化クラスなんか入らなかった
目が覚めたら、こういう姿勢になっていた。

寝床との関係性は下図のとおりである。

というわけで、きょうはひまだったので、一日、絵を描いていた。
⇒オンナ部特製 たのしいぬりえ
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最近自分は、自分のことを一生懸命「陰険だ、陰険だ」と言っているけれど、考えてみればそれは『そう言い切ったほうがラク』というマイナス面への憧れにほかならないわけで。
陰険であるということ以前に、私は、あまりにも1つの面にこだわりすぎて、すべてそこを基準に決めつけていくという狭量な欠点がある。実際の自分はもっと、お人よしで、やさしくて、基本的にはいいやつであるということもちゃんと認めておかないと、性格の悪さを語ったところで、あまり意味はない。それは、幸せな人間が“しなくてもいい苦労”に憧れて悩むのと同じぐらいバカバカしいことだ。
でも私にかぎらず、日本人って、マイナス面は堂々と認めるのに、プラス面は本当におざなりにする傾向がある。実直さが高じて完ぺき主義に方向性が向かってしまうの? だめだめ、もっとすばらしい面を認めて伸ばしていきましょう。人間、不向きなことに挑戦しても、よけいな壁が増えるばかり。
私なんざ高校生時代、数学がなによりも苦手だったので、担任に数学強化クラスなるものを勧められてうっかり入ってしまい、その結果、授業についていけず、センター試験で数学が5点しかとれなかったんだ!(当時、数T・数U合計して200点満点だった)おかげで大学に落ちてムダ金を使った。親の。わかったことは「数学はわからん」ということだけだったな。あ〜あ。
……いや、まあ、数学強化クラスに決めたのはほかならぬ私であり、結局これは、私があまりにも分をわきまえない人間であるという事実を露呈しただけの話なんだけど。
と、連日にわたり過去の自分のことばかりふり返っているこの状態も、あまりにも無意味なループ展開であるよな、、、ああ、だらけたい。よし、こうなったら、東の空に向かって思いっきり放送禁止用語を叫んでみよう。
ちーびーくーろーサーンーボォォォォォ!!!!
++2005/02/03(木) 鬼わあああソトッ! 福わあああウチッ!
どうも本日2月3日で、めでたく私は、細木数子のいう『大殺界』というやつを抜けるらしい。パチパチパチパチ。私は『火星人』。あれって、ふり返ってみると意外と当たってるから怖い。
まず、大殺界に入っていきなり630万の借金をこさえた。
次に、勝手に追い込まれた気分に浸り、つきあっていた男に黙ってSM嬢をやりはじめた。
そして、性格がひんまがった私は、だま〜って、ひそか〜に、稼いだ金を男に貢いだ。
さらに、その状態が2年ほど続いたのち、自分がSM嬢をやっていたということを男にばらさなければならないという事態が訪れた。
で、正直にしゃべったら、びっくりした男に捨てられた。(終劇)
コレぜ〜〜んぶ大殺界の責任にしたい!
しかし、災いを招いたのはほかでもない自分自身の陰険な性格であるということも、痛いほどよくわかっている。
私にとって「貢ぐ」ということは、『けなげ』にみせかけた『復讐心』でしかなかった。
あの頃の私は、なにもかもが許せない人間だった。目のまえで幸せそうにしているやつ、私の体を買っていくおやじたち、そんなおやじたちに体を売っている自分自身、許せないものばかりが絡まって、なにから順番にどうほどいていけば良いのかも、わからなくなっていた。
そうしているうちに、私の心のなかは『幸せ』に対するねたみ・そねみ・うらみ・つらみでいっぱいになった。自分をごまかして、だまして、生かしていくためには、この幸せへの嫉妬心に必死にしがみつくしかなかったのだ。
そして、そんな生き方のなかで、たったひとつ握りしめたのが、幸せなやつらの土台として生きることで優越感を得る、という方法だった。
私は、許せないおやじに、許せない自分を売って、許せない金を稼ぎ、そしてそれを、許せない男に貢いだ。徹底的に自主性を捨て去ることで、罪の意識さえ他人のものとして浄化していった。
『あんたの幸せは、私が体を売って稼いだ、不幸で不幸でたまらない金によってできあがってるんだ!』
……そんなふうに声に出して叫べる、明るい陰険人間(?)だったら、借金をこさえた時点で「ねえちょっと、お金貸して!」と男に泣きつくという方法を見つけられたのにね。陰険っちゅうのは、つらいもんだ。今年からは、脱・陰険。(絶対ムリ)
というわけで、3年分の「鬼はそと」をしましたので、八百万の神様、あとは、福はあああウチッ! つーことでよろしくお願いしますよ?
++2005/02/02(水) さぶかったあああああああ!!!!!
撮影モデルになってきた一日。
「春物のワンピースを着て裸足で歩く写真」という話だったので、前日に気合い入れてペディキュアとか塗ったりして、ホイホ〜イと出かけた。
打ち合わせで見せてもらった構図の条件は『スコーンと完全にぬけた青空だけが背景』。が、これがむづかしいらしい。いくら快晴でも、東京って建物や電線が多くてなかなか空のぬける場所がないんだね。しかも、背景が空だけとなると、モデルがある程度の高台にいて、カメラマンが下から構えられるという条件も必要、と。ナルホドォ〜。
で、いろいろなロケ地候補のうち、決まったのは、寒風吹きすさぶ、真冬の河川敷の、土手のコンクリートの上。
ひゅううううう、ひゅうううううう……
「じゃ、いずみさん着がえてくださいよ」
2月の痛い風のなか、肩出しキャミソールタイプのうっす〜いワンピース1枚、そして、裸足になる……さ、さぶ。
同じ場所にいる周りの人間は、タートルネック・ダウンジャケット・ニットキャップ・マフラー・貧乏ゆすりだ。おまけに、河川敷で遊んでる子供は、耳あて装着してほっぺ真っ赤でボールを追ってるという、完全なる冬の風物詩だ。
我慢できたのは、最初の1分までだった。
「ハイ、じゃあ左足もどして……歩いて下さ〜い、ハイッ」
カタカタカタカタカタカタカタカタ……
「ハイ、ではもう一度〜……ハイッ」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……
「ハーイ、もう1枚いきますよ〜……ハイッ」カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……ハイ、そのまま止まってくださ〜い……カタカタカタカタカタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタア、ア、ア、アヒ、あひ、あひぃ、はあっ、はんああんあっひいいいんっ!!!
人間、あまりにもさぶいと、腹からあえぐ。
自分でもおどろくほどナチュラルなあえぎ声であった。
セックスでもなかなかこんなのは出たことないというシロモノであった。
土手の下から駆け上がってきて、さっとジャケットを渡してくれた編集者氏は、もう、白馬に乗ったヨン様かと思った。それはいいすぎだ。いや、でもそれくらいの試練、修行、苦行だった。
ああ、ほんっっっっっとに、さぶかったあああああ! けど、楽しい仕事だった。にっ♪
++2005/02/01(火) ああ、こーいうの奴隷道徳っていうのね。
2月1日。ジェームス・ボンドの誕生日らしい。
「コードネーム」とか「指令」とか「組織」とか、人間を人間あつかいしない冷徹な言葉をかっこいいと思ってしまう。なんでだろ? 胸に手をあてて考えてみると……うーん、やっぱ、ヒエラルキー構造への憧れかなあ?
いくら「人間、悪いところもあれば、いいところもあるよ、そして平和がいいよ、手に手をとって暮せたらいいよ」と思っていても、私には結局、他人を自分の心の中のピラミッド層に分別して、上下関係を軸につきあうほうが自然じゃないかと考えている部分がある。
キミのことはなんでもわかるよという変な気どり方で他人を評論したがる自分がいる。それが快感だからだ。そういうときは、勝手に相手を自分より下の層にはめこんで浸っている。また、この逆をこうむってむかつくこともある。イーブン。
あなたは絶対ですとひざまづきたい自分がいる。「そうするしかない恐怖」には、「そうしていればいい」という逆転の安心感があるからだ。そういうときは、勝手に相手を自分より上の層にはめこんで浸っている。また、この逆……は、考えてみたけどあんまりなかった。きっ!
恋愛感情も、私の場合、絶対的に相手が上というところからはじまる。そして、つきあっていくならずっと男尊女卑の形でいたいと思っている。
ほんとは上も下もない。それでも、自分はヒエラルキーを愛し、ヒエラルキーに取り込まれることを望んで、人をあがめたり、バカにしたり、安心したり、恐れたり、ねたんだり、ねたむことで自分を許したり、いろいろしてしまっている。
……な〜〜〜んつーーーことを書いていたら、むちゃくちゃむかついてきた。自分のことが。あああああ、私って、なんて陰険でせこくて性格悪いやつなんだろう。こんなの、ただの人付き合いがヘタクソなヘタレの理屈こねじゃないかい。ナニサマよ? 私のバカバカバカバカ!!!!
アッ!? なんか、すごい、日記って感じ。
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