THE でめきんライフ


 まだぎりぎり物心ついてるかついてないかぐらいの豆つぶだった頃、家族で夏祭りに出かけ、金魚をすくってきた。7〜8匹はいただろうか、急遽台所の一角に設置された水槽のなかで、彼らはぶくぶくぶくぶくイッツ・ア・観賞魚ライフ! をエンジョイしていた かどうかは知らない。
 真っ赤なでめきん、真っ黒なでめきん、赤と黒のまだらなでめきん。でめきんじゃない金魚もいたが、とにかくうちの実家では金魚のことを総じて「でめきん」と呼んでいた。
 
「なあ、このでめきん、目玉飛び出てへんやん」
「でめきんとちゃうからやろ。でめきんでも目玉飛び出てないでめきんもおるんや」
「なあ、でめきんに名前つけんでええの」
「でめきんはでめきんやからでめきんでええやろ」
 
 私たち家族は、それはそれはでめきんに対する差別用語バンバンなイッツ・ア・でめきんライフ! をエンジョイし、それなりにでめきんを無視し、でめきんとともに日々の食卓を囲んで、けっこうでめきんなんかどうでもいい生活を送っていた。
 でめきんの世話は当時、完全主婦だった母が中心に行っていた。母がどんな世話を行っていたのかは知らないが、それが完璧だったのか、それとも夏祭りで捕獲されるほどのでめきんの生命力自体が強かったのか、彼らは私が小学校にあがって卒業、そして中学校に入って脇毛がうずを巻くようになってもまだ、水槽のなかでうろうろ泳いでいた。
 そんなある冬の日だった。記録的な寒波が襲い、私の住んでいた地域ではめずらしいほどの豪雪、ご近所では東北でもないのにはりきって雪下ろしの会(素人部隊)が結成されることとなり、中学も休校となった私はそれを尻目に「さぶいなあ……」と台所で暖かいお茶を飲みながらポンキッキだかウゴウゴルーガだかを見ながら久しぶりの遅い朝を満喫していた。
 人間、いつもならヒイヒイ活動している時間にのんびりテレビなんかを見ていると、ふと所在をなくしてあたりを見回し、みずやに新しいコーヒーカップなどを発見してサプライズ、瞬間的に「いつもの」風景からピラッと視界がひらけるものである。それまでは気にもとめなかったでめきん水槽が急に気になり、ふふんと首をまわした。と。
 
 ・・・・・・・・・!!!!!!??????
 で、ででででめきんが、でめきんが全滅している!?

 
 青みがかった水のなかでガラス面などツンツンパクパクしながらうごめいていたような気のする大勢のでめきんが、赤も黒も赤黒も、でめきんではないでめきんも含めてとにかくすべてのでめきんが、一匹残らずことごとく、腹出して目ん玉にごらせて水面にプカアと浮いているのである。そしてピクリとも動かないのである。
 よく見ると、水面からは、ほんわかほんわか今夜はしゃぶしゃぶっ? てなノリの、のんきな湯気。ていうか、事態はうまく飲み込めないが、どういうわけだかあきらかに、ゆであがっているのである。でめきんが。さもいいあんばいに。
 まじかよ。
「でめっ、でめっ、でめきんがあああああっ! おかーーさーーーーーん! でめきんが、でめきん、でめでめっ、でめきん、でめきんが!」
 私はとりいそぎ奇声をあげ、なんやの、なにごとやの、と二階から駆け下りてきた母に、たいして思い入れもなければ特にどうでもよかったはずのでめきんの惨状をここぞとばかり必死に訴えた。
「うわっ、なんこれ、死んどる? うわっ、死んどる!」
「な!? 死んどるやろ? なあ、これ、ゆであがっとるやろ? これ、ゆでられてるよな? ほら、湯気出てるやん、絶対ゆであがっとるって! ゆであがっとるやろ!?」
「うん……ゆであがっとるわ……」
 私がでめきんの死よりも『ゆであがっている』という仰天の事実に興奮をおぼえてギャアギャアと強調していると、そのテンションとひきかえに、母の顔がみるみる真っ青に変化していく。もしや。私は恐る恐る母の顔をのぞきこみ、たずねた。
「お母さん、なんか……した?」
 ちがうねん! そう小さく叫んですがるような顔を一瞬見せたあと、母は語り出した。朝のあまりの寒さにでめきんが心配になり、水槽に手を当ててその冷たさにおどろいたこと、このままでは水槽内の水が凍ってしまうんじゃないかとドキドキしてなんとか水温を保てないかと思案したこと、そして思いついたのが水槽内にお湯を足すということだったこと、しかし、そのままお湯を足したのでは水が溢れ出てしまうため、3分の2ほど水を抜いてからにしようと思ったこと、そこで、冷たい水が3分の1残っているのだから、少々熱いぐらいの湯を入れるのがちょうどよいと思ったこと、結果、入れたのはまだ笛をピーピー吹いているヤカンの熱湯だったこと。
 ……。
「……それ、入れた瞬間に異変はなかったん?」
「うん。その時はえらい元気にはしゃいでるなあって思って、ホッとしてたんやけど。まさかこんなことになってるやなんて……」
 元気にはしゃいでるって、お母さん、それ、でめきんの断末魔ですから。
 
 その後、母と私はゆであがったでめきんを生ゴミとして処分し「うわっ、くさっ」ぐらいの非道な言葉を投げ散らかしながら水槽を片づけ、そして、あくまでもなかったこととして、シレシレッと私たち一家のでめきんライフを終幕させたのであった。
  
 父と弟がでめきんの不在にようやく気がついたのは、それから一週間も先のことである。
 
 ―完―