とんでもない夫婦が家を建てるという


 離婚弁護士の再放送を見ながら、そういや実際に裁判所に出廷したことのある人間って身のまわりにはいないよなあ、私もそこまではキビシイ人生送ってないってことだよな、あは★ なんてうっすら余裕をかましていたら、毎度お騒がせのヤンキーセレブ・マイ母親が電話口であっさりと言った。
「なんか弁護士からめっちゃでっかい封筒が届いてさあ、裁判所に出廷せよって書いてあったから、半年ぐらい裁判所通ったでえ。ほんで、お母さんの父親・・・・・・あんたは会うたことないけどおじいちゃんにあたる人な、その人の愛人3号と、そいつの産んだ腹違いの妹から、金ぶんどってきたったわッハッハッハ」
 母親・・・・・・。
 最近、娘の私がわりと堂々と働きはじめたのを見て「こいつなら大丈夫」と認めたのか、いろいろ話してくれるのはいいんだけど、次々出てくる母親の過去ネタがヘビーすぎて、私はすっかり昼メロいらずになっている。いやいやあ、この人にくらべたら、私なんかかなりレールに乗った普通の人生歩んでますよ。
 で、そんな母親がぶんどってきた金でだまって買った土地に、このたびシレッと夫婦で家を建てることになったというので、ここ最近は、ああでもないこうでもないお父さんムカツクあたしの部屋せまいなどなど、うきうきの構想話につきあっている。
 2階を俺の本丸とし、もう退官やっちゅうのになぜか15畳もの書斎を作るといってきかない父親がだいたいの間取りを担当、母親は主に自分の部屋と自分のクローゼット、そして外観を担当しているという。のだが、これが。
          
「お父さん凝り性やから、間取り図描くのにフォトショップだかなんだか使って、2晩も徹夜して、しまいに設計図描いてしもたんやで! 設・計・図! 素人知識で。マメ知識で。おっそろしいやろ、絶対地震で潰れるわ。やばいわあ。プロに任せいちゅうのなあ」
 父親ならそれもあり得る話だ。
 なんたって、友達とゴルフコースを回るために、事前に一度下見と称してひとりでコースを回ってしまい、芝生からバンカーから穴からなにからバシバシデジカメで撮りまくり、3DCGで再現して『第6ホール:3打目予定場所、芝が直径10センチの円形にはげていた』とか、なんだそれわ! なビックリメモを逐一記した虎の巻を作り、こっそりポケットに忍ばせていくような人間なのだ。
 しかもその虎の巻は、カラーレーザーで印刷され、中綴じ製本のうえ、素敵な革カバーの装丁まで施されている。これが、ゴルフ場ごとに一冊、だ。いつだかちらっと見せてもらったら、最後のページにその日1泊するホテルの連絡先と、その宿泊料金(税込)まで書き込まれてあった。活字で。
「そ、そうなんや・・・・・・。まあ、お父さんなら、やると思うわ」
「せやろお? 困るわあ。しかもさ、なにをトチ狂ったか、2階建てやのにエレベーターつけるとかゆうとんねん、あの人」
 どこにそんな金が。しかも、目的はなに。
「将来足腰が立たんようになったら、とか言い出してなあ。エレベーターが無理なら、駅とかにある、車椅子リフトするベルトコンベアーみたいなんあるやん? あれを階段につけるとかゆうとんねん。めっちゃびっくりするわ! 本人、五体大満足でピンピン生きとるくせに、なんで今からそんなもんつけなあかんねん」
 父親・・・・・・。
 石橋を叩いて叩いて顕微鏡でのぞく男。しかし、自宅でベルトコンベアーに乗るような騒ぎになるのなら、いっそのこと素直にエレベーターつきの病院に入院してほしいと思うのは、私だけだろうか。いや、母もそう思っているにちがいない。
「お父さん、なんでそんな無駄に緻密なんやろな・・・・・・。まあでも、いくらなんでも予算外やし、強行突破されることはないんちゃう。で、お母さんは、どんな家にするつもりなん?」
 そうたずねると、母親は電話口で声を弾ませ、言った。
大工さんには『喫茶店みたいなんにしてちょうだい、ブーフーウーッ!』ってゆうてきた!
 き、喫茶店? ブ、ブーフーウー?
「そうそう。ブーフーウーみたいな! ああいう、吹いても飛ばんレンガの家がええなあと思って。洒落てて喫茶店みたいやろ!」
 まあ、今住んでる家も、吹いたぐらいじゃ飛ばないと思うけど、翻訳すると、ブーフーウーって、三匹の子豚のことね。つまりは赤レンガ造りで、洒落た、ちょっとした喫茶店のような外観の家、ということね・・・・・・。
 親子だから通じるものの、なんかもう、まったくもって主観ちゅうか“イッツ・マイ・ワールド♪”でしか家の外観を説明してない母親。大丈夫なのか。
「大丈夫や。お母さん一生懸命説明したもん。ブーフーウーの喫茶店みたいなやつって。クネッとした蛇口と、鳥の乗っとるポストもつけてって。大工さんにも伝わったで。『とにかく、普通の家はいらないということですね』ってゆうとった! そのとーり! めっちゃ楽しみやわあ!」
 大工・・・・・・。
 かたや、エレベーターだのベルトコンベアーだの、かたやブーフーウーだの喫茶店だのクネッとした蛇口だの鳥の乗っとるポストだの、この夫婦を目の前にして、頭をかかえ頬を引きつらせる大工さんの苦悩が、私には見えた気がした。
         
 夕刻、ファクシミリされてきた父の設計図はすごかった。一瞬、別にこれでも家建つんちゃうの、と思ってしまうほどの立派な図面だった。ただ、柱が1本もなく、2階は中央の階段のみで右に左に大揺れしながら支えられているという振り子構造らしかった。
 娘の私は、両親のためにできることとして、一応、ひとつアドバイスを入れた。
「トイレが鬼門にあるから、ずらしてもらいな」