おばあちゃんのなまはげ


 昔、実家のおばあちゃんに「この子は、アマエタ根性ですねん! わてが、叩きなおしたりますわ!」と怒られたことを思い出す。あれは、たしか小学校3年生のとき、風邪をひいて学校を休んだ日だ。
 朝、母親にいつもの小児科へ連れていかれて、数日分の風邪薬を処方され、帰宅した。特に高熱が出ていたわけでもなかったので、母親は仕事だかなんだかでそのまま出かけてしまい、家には、私とおばあちゃんが残された。
『昼になったら、おばあちゃんにご飯を作ってもらって、ちゃんとお薬飲みなさいね』
 母親に説明されたのは、見るからに苦そうな白い粉薬が一服と、小さなカプセル剤。忙しそうに仕度している母親を見て、とりあえずハイと返事はしたものの、子供のころは誰だってそうであるように、私は薬が大きらいで、気が重かった。
 粉薬はジャムに混ぜ、錠剤は砕いてこれまたジャムに混ぜ、とにかくジャムの味にならないと、口のなかに入れられないほどの苦手意識。今日もそうして乗り切るしかないか、ため息をつき、鼻をずりずりすすりながら、私は布団に寝転んで昼が来るのを待った。
「もくれんちゃあああん、ご飯やに!」
 台所からおばあちゃんが呼んでいる。ああ、薬の時間だ・・・・・・。
 食卓には、ジャコと卵をまぜたあたたかいオジヤと、すこし黄ばんだリンゴがあった。私はそれらを黙って平らげると、薬の紙袋を見て、またため息をついた。
「もくれんちゃん、食べたらお薬飲まなあかんにい!」
 裏庭で花に水をやっているおばあちゃんが、声を飛ばす。わかっとるわ! 少々いらつきながら、母親に言われた薬を取り出し、コップに水を準備した。
 さあ、ほんなら、ジャムを・・・・・・。
 冷蔵庫をあけ、扉の内側のポケットをのぞく。が、あれ? いつもの定位置、卵ストッカーの隣に赤い紙カップのイチゴジャムが収納されているはずなのだが、見当たらない。
 あれ? あれ? 棚の奥をかきわけ、野菜室のなかを調べ、ためしに冷凍庫をあけてみても、ジャムはなかった。品切れである。うそやー、こんな時にかぎってえ?
 私は泣きそうになりながら本日ジャム在らずの現実を受け入れ、とぼとぼと薬の前にもどった。どないしょう、こんなもん、ジャムなかったら、飲まれへんやん・・・・・・。いちおう、プチッとカプセル剤を取り出し、粉薬の包みもやぶってはみるものの、口のなかへ入れる勇気はない。
「もくれんちゃん、薬は飲みましたかいな」
 その時、おばあちゃんが水やりを終え、ドタドタと家にあがって台所へ向かってくる足音が聞こえた。私は反射的に目の前の薬を左手でつかみ、右手でコップの水をごくごくと飲んだ。
「うん、飲んだで」
 そうか、ほな寝んさい、そう言ってまた慌ただしく家のなかの掃除にとりかかるおばあちゃんを尻目に、私は左手をぎゅっと握り締めたまま自分の部屋にもどった。
 どうしよおおおおお!
 ぐしゃぐしゃになった粉薬の包みと、ベタつきはじめたカプセル剤。ただおろおろと眺めながら、2時間ほどたっただろうか。私はあまりにも悩みすぎて
『封を開けてからもう2時間もたってるから、賞味期限が切れたと思う』
 と自己都合的に解釈する方向にしか思考がまわらなくなり、意を決して布団から立ち上がった。向かう先は、便所である。思いつくことはたったひとつ、“流して捨てたったらええ。便所ならバレへんし”!
 しかし運悪く、我が家はバリアフリーな部屋配置のおかげで、便所がおばあちゃんの部屋のすぐ隣に設置されていた。耳で、おばあちゃんがみのもんたに没頭しているのを確認すると、私は、なるべく何食わぬ顔をするようにして、そろそろと便所にむかい、戸を開けた。
 いちおうパンツをおろして便座に座る。と、自動的におしっこが出たので済ませた。あとは、この左手の薬を、このなかに投入し、ざざっと流し去るのみである。ようし・・・・・・。
 そして、便座から立ち上がり、いままさに証拠隠滅せんと犯行をはたらく瞬間だった。
     
「あんたッ、何しとりますのんッ!!!!」
        
 何を感じとったのか、いきなり便所のドアを開けて乱入してきたのは、閻魔大王のような顔つきとなったおばあちゃんだった。このときのおばあちゃんは、ちょうどパンチパーマが浮きあがった感じの髪型をして太っていて、私には、高木ブーといかりや長介を足して2で割った雷様みたいに見えていた。
 ぎえええええええっ!
 半ケツ状態で、薬を便器に落とし入れてしまいながら、おしっこしたばっかりなのに、またチビりそうになった私。反射的に、甘えん坊の自己防衛本能がはたらいて、便器にかぶりつきゲロを吐くふりをしてみるも、時すでに遅し、さらなる怒りをかう原因となってしまった。
「あんたッ、なんちゅうことしますねん! 待っとりなさい!」
 怒り狂ったおばあちゃんがドタドタと台所へ向かい、なにを持ってまた便所へと戻ってきたかというと・・・・・・。
「ギョエエエエエエーーーッ!!!!」
 私が本気で叫んで、その場にへたり込んでしまったのも無理はない。おばあちゃんの右手には、なんと、刃渡り20センチばかりの出刃包丁が握りしめられていたのである。
「ほおっ、ほおちょおおおおおおっ!」
「そうですに! 電線も切れますに!」
 マジでえっ!? アアッ、そういえば、おばあちゃんは日頃から、ハサミやカッターではなくなぜか包丁を使って物を切る癖がある。箱にかかったピンクのリボンも、ハッピーターンのビニール袋も、盆栽用の針金なんかも、すべてが包丁! ザ・デストロイ!
「その根性、わてが、叩きなおしたりますわ!」
 啖呵を切ったおばあちゃんは、極妻を超えて、なまはげだった。
 逃げたら殺されると思った私は、しゃくりあげながらただただおばあちゃんの要求をのみ、大人しく台所へ連行されて、薬を飲んだ。ジャムなんか必要なかった。恐怖すぎて、味がわからなかったのだ。
 薬を飲み込んだのを確認すると、おばあちゃんはもう一度包丁をふりかざし、「次また薬捨ててみい! そんときは、ブッ殺しますからな!」といった。ウンウンウンウン、私はひたすらに首をたてにふり続け、もう絶対に薬を捨てませんと約束したのだった――。
         
 それ以来、私は、ジャムなしでも薬をふつうに飲めるようになり、いまではすっかり、薬品好きである。ああ、またおばあちゃんに包丁で脅してもらえたら、もうちょっとおしとやかなオンナになれるのかしら?(んなわけない)