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ばあちゃんの大立ち回りこのあいだ、駅前のスーパーで万引きして捕まってるばあちゃんを見た。 おそらく80歳ぐらい、普通の人間の半分ぐらいにまるっこく縮んでいて、買い物かごをひきずりながら店内を徘徊していたのだけど、どうやら地下食品売り場で商品をふところにつっこんで、レジを通らずそのまま隣接する駅ビルへの連絡口から出て行こうとした模様。取り囲む女性店員2名は50代、スニーカーにズボンをはいて、目つき鋭く恐らく専門の万引きGメン。ばあちゃんの脇をガッチリかためて、「ゼッテー逃がさねえからな、ババア!」というオーラを出している。 「お客様、ちょっといいですか、お客様」 「……」 「なにかお忘れですよね? お客様」 「ア、ア……」 ばあちゃん、一瞬だけ血の気の引いた顔を見せると、かたくなにうつむいて、一層まるっこくなり、頭を地面に近づけている。二人の女Gメンはますますばあちゃんに近づいて完全ガード、たたみかけていく。 「お時間とらせませんから」 「そうです、少しだけお話ししませんか」 「ここだと寒いですから、奥のお部屋のほうで」 「お茶でも飲みながらね」 「なにもなければ、それでいいんですよ」 怖いよGメン、言い方が。なにもないのにお茶誘うのかよおっつーか、そんなお茶飲めねえっつうんだよ。ばあちゃんは、すっかり球体に近づいて、つっつかれたダンゴ虫みたいになっていた。老人になると前屈に適した背骨を持てるんだなと思った。 「お客様、ちょっと歩けますか」 「さ、お客様」 Gメンも、まだ犯人と確定したわけではないので手荒なマネはできないらしく、ばあちゃんに手を添えることはしていても、無理にひっぱりあげて連行しようとはしない。カチカチに丸まって足一本出さないばあちゃんだったが、やがて、意を決したようで、突然顔をあげると、Gメンのひとりに抱きついてすがった。 「ぐ、ぐるじいい、し、死ぬうう、死ぬううう、救急車呼んでええええ」 え、えええっ……!! ばあちゃん、大丈夫かよっ。左手でGメンの腕にぶらさがり、完全にもたれかかって、いまにも死にそうな顔、と思いきや、よく見ると、右手が問題。どういうわけか自分の首をぎゅうぎゅうと積極的に絞めつけて、苦しい死ぬ、このままでは首が絞まって死ぬ、だからいますぐ救急車呼んで! とわっけのわからん自殺をはかっているのである。言っていること、むちゃくちゃ。しかし、勢いよく居直ったばあちゃんは強いもんで、まったくもって手加減なし、指の関節が白くなるほど力をこめてはわめくもんだから、Gメン、なんとかその手をふりほどこうと大焦りである。 「死いいいいぬううううううう!!」 「おややややめてくだしゃい、おきゃくしゃま!」 「おちゃくちゃま、おちゃくちゃま、おちゃついて!」 場内、騒然。Gメン、噛みまくり。 私は思わず、ばあちゃんの様子がよく見える向かい側の商品棚に移動して、積みあがる冬物衣料に身を隠しながらしっかり観察体勢に入ってしまった。 「死ぬよおおう、このままじゃワシ、首絞まって死ぬよおおおう!」 「だったら手離して! おちゃくちゃま、おやめになって、手を!」 「死ぬうううう! 救急車呼んでえええ!」 「手をはなッ……ちょっと、ちょっとお、誰かあああッ!」 ばあちゃん、迫力満点。制服の警備員はすっ飛んでくるわ、応援にかけつけた男性店員はすべってこけるわ、てんやわんや。しばらく大立ち回りを演じたばあちゃんだったが、さすがにこりゃちょっとマジで死ぬわと思ったのか、首を握った右手は離したものの、お次は床に正座して、天を拝みながらおいおいと泣き出す始末。不幸なGメンは、いったん安堵しつつばあちゃんを抱え込んで、今度はやさしく説得を試みるのだが……第二の騒ぎ、勃発。 どうやら、後からやってきて、これがばあちゃんの狂言だということがわかっていない誰かが、本当に救急車を呼んでしまったらしいのだ。よくわかんないけど老人が泡吹いてるんです! と大慌ての店員の引率によって、ゴロゴロゴローッとストレッチャー引きながら救急隊員が5名も! 到着。ヘルメットにブーツに作業ズボン、薄いブルーの医療系上着の背中にゃあ、かの紋所、『東・京・消・防・庁』! まっすます、騒然である。 「この方ですか!」 「い、いや、あの……」 「じゃあまず、ゆっくりストレッチャーに上げて!」 「あ、あの」 必死で状況を説明しようとするGメンをよそに、ばあちゃんは、東京消防庁の的確な判断によってとっとと担ぎ上げられ、オレンジの毛布にまかれた上、ベルトでさくっと固定された。安全第一。するとばあちゃん、これはなりきったもん勝ちと見て、今度は瀕死の病人を演じきっている。 「お名前は?」 「ちがうんです!」 「苦しい……」 「胸? 胸が苦しいんですね?」 「……そう」 「どちら側ですか? 左? 左ですね」 「いや、ちがうんですちがうんです、演技なんです」 「苦しい……」 「左ね。左胸部」 「よし、搬送」 「ちょっと待って、待って、待ってーーーーーー」 その頃パラパラと遠巻きにこの様子を眺めていた野次馬のほとんどは、てっきり、店内で倒れた老人が救急搬送される緊迫の場面だと思い込んでいるらしく、必死で隊員を引きとめようとするGメン2人を、あのオバハンら、こんな時になにやっとんねん、と首をひねって見つめていた。一部始終を見ている私だって、最初は演技だったけど、なんか、もしかしたら、騒いでるうちに本当に血圧が上がって心筋梗塞でも起こしたのかもしれん、と思うようになっていたぐらいだ。 結局、Gメンの懸命な説明によって救急隊員も事の顛末が理解できたらしいのだが、しかし、実際にばあちゃん本人は目の前で「うー死ぬー」と苦しみつづけているわけで、「おおかみ少年」という戒めだってありうる話、果たしてストレッチャーから下ろして退散してしまってもよいものかどうか……。 任務を遂行しなければならぬと判断した救急隊員は、最終的に、こう決断した。 「じゃあ……とりあえずご同行いただけますか。救急車のほうへ。なにもなければ、それでいいんですから」 そして、不幸なGメンは、ばあちゃんと一緒に救急隊員5名に囲まれて、店外へと護送されていってしまったのであった。 先ほどまでばあちゃんが座り込んでいた床には、牛角のキムチと紀文のはんぺんが、ころがっていた。 なにもなければ、いいんですけど。 |