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ヒットラーハガキはもういらない その1
1999年、世紀末。
当時、私は学生をやりながらファーストフード店でアルバイトをしていた。講義のない日は稼ぎ時とばかりに朝から出勤し、すがすがしい朝の空気のなか、安っぽいビニールのような店内でしゃばしゃばのコーヒーを売る。マニュアル化されていて単純で、つづけていれば時給もあがる、いい仕事だった。
その店には、毎日必ず朝、昼、夜の3回、アイスコーヒーを飲みに来る60歳前後の男性客がいた。脳梗塞で半身が麻痺したままらしく、片足が不自由で言葉も少し聞き取りづらい。私は週に3回ほど、朝から晩まで12時間以上の違法労働をしていたため、よくこの男性を接客していた。
男性が来ると、行動はいつも決まっている。不自由な足をひきずってカウンターに到着すると、ポケットから100円玉を2枚出し、私のまえに置く。
「アイスコーヒーですね」
私が営業スマイルをつくると、男性がすこし口もとを震わせるので、チン、とレジを清算し、アイスコーヒーとお釣の11円をトレイにのせて、ポン、と男性の前に置く。すると男性はかるく頭をさげ、トレイを持ってすぐ脇の席に腰をおろし、コーヒーを飲みはじめる。
不自由そうだからといって、特別になにか親切なことをするわけではなかった。そんなマニュアルはこの店になかったし、第一、当の男性からも求められていなかったからだ。
一日3回の来店。はじめはこの男性を奇妙だと思っていたが、それも続けばこの店の日常となり、男性がからだをこわして来られない日などは、かえって気にするようにもなっていった。
ある冬、ファーストフード店の親会社が不当たりを出し、売上げ低迷の店舗をつぎつぎと閉鎖するという方針を打ち出した。私が働いていた店も閉鎖リストにあがり、3ヵ月後の閉店が決まった。
社員はリストラを感じて真っ青な顔をしている。私も3年間働いた店の閉鎖にさみしさを禁じえなかったが、それでも、しょせんはアルバイトの身だ。また新しいお店を探せばいいと考え、友達から誘われていた飲食店に応募し面接をすますと、あっさりとそのまま転身することにした。
新しいバイト先での仕事がはじまると、すっかり生活内容も時間帯も変わり、私はファーストフード店のあった場所に近づくこともなくなった。
そんなある日の夜のことである。
バイト帰りに食事していた友達と別れ、おつかれ! と手をふり、マンションの1階にある集合ポストで必要な郵便物とポスティングチラシを仕分けしていたときだった。
ピンクチラシ、引越し・不要品処理、サラ金……あやしげなDMにまじって、一枚のハガキが目に止まった。ミミズがのたくったような字で何かたくさん書いてあるが、読み取れない。おもてを見ると切手は貼られておらず、消印もなかった。
誰かがいたずらでうちのポストに突っ込んだのか。まあいいや、そう思って捨てた。
しかし、次の日もその次の日も、その読めないハガキは私が帰宅するとポストのなかにあった。よく見ると、前日のものとはすこし雰囲気がちがう。捨てたハガキを拾って投げ込んだのではなく、同じ人物が毎日ハガキを書いてここへ持って来ているのだ。
――誰だろ、こんなことするの。
私の出勤は夜7時。出勤前には見当たらないから、それから深夜3時までの間に誰かが私の部屋番号を選んで投函している……。
気味が悪くなった。私は内容を確認するまでもなく、ミミズ字が目の端にうつっただけで即座にゴミ箱へと放り投げるようにしていたが、このハガキ投函は2週間以上続き、次第に気持ちのなかに慣れが生まれはじめた。
――もしかしたら、何かしらのメッセージがあるのかもしれない。
こんな風に考えるようになるのは投函者の執念に押され負けたようでくやしい。が、ここにはなにか重要な情報が書かれていて、事前に知っておくことで今後起こりうるさらなる嫌がらせに対する予防線を張れるかもしれないのだ。
私はその日のハガキを捨てずに部屋へ持ち帰ることにした。 (つづく)
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