ヒットラーハガキはもういらない その4

『敬愛なる もくれん様 私はヒットラー総統にお聞きしたい。人類の行く先はどうなるのか。我々がいまなすべきことは、なんなのか。ヒットラー総統のような高い精神性を保つためにはどのような修練が必要なのか。お聞きしたい。私はヒットラー総統についていく覚悟です。
 ○○市△△×× N.K』

『敬愛なる もくれん様 申し訳けありません。私はヒットラー総統のことになると、すこし熱っぽくなるようです。ところで、もくれん様はマッカーサー元帥のことはご存知でしょうか。マッカーサー元帥のすばらしいところは、ファッション性を重視した煽動活動です。ヒットラー総統の影響だともいわれています。
 ○○市△△×× N.K』

 勘弁してくれー。私は連日、ヒットラーとマッカーサーのステルス性サンドイッチ弾を受けながらも、証拠物品として、それらのハガキを保管しつづけた。こうなったら意地だった。いつか、これらをまとめて輪ゴムでくくって、てめえこのやろう! とお見舞いしてやる。
 しかし、どうすればお見舞いできるものか。すこし進展はあった。あいかわらず姿は見えないものの、差出人の住所、氏名が書き足されるようになったのだ。調べてみると、やはり元バイト先の目と鼻の先に住んでいることがわかった。
 ――名前もわかったことだし、直接おことわりの返事をしたほうがいいのかな?
 しかし、この手の危険人物には、むやみにこちらから連絡をとってはいけない。なんてったって相手は、前日、いやその日の朝に書いたことも忘れて――忘れているのか、わざとなのかは不明だが――つぎつぎとこちらの迷惑も省みずに同じような文面のハガキを投函してくる、自分の都合だけで生きているチキチキ野郎であり、おそらく天然ストーカーなのである。
 まず仮に、ここに書かれている住所・氏名にあてて、これまでのハガキをすべて送り返すことにしよう。男はきっと、つきかえされたという事実より「わざわざハガキをためていてくれた、読んでいてくれていた」という部分だけに着目し、今度は切手を貼り、郵便配達というシステムを利用して、すっかりペンパル気分のミミズ字を送りつけはじめるに違いない。
 また、住所地を訪れ、男性に向かって直接「迷惑です」とつき返すとする。この場合も、迷惑がられたという事実より「わざわざここまで来てくれた」という部分にばかり目をむけ、あわてて賞味期限切れのローソン芋ようかんなどを持ち出して、「ままま、まあ、す、座って、く、くれないかな」などと気色の悪い出迎え方をするに決まっているのだ。そうなると、突然したてに出られて「すがられた」と思い込んでしまった偽善者でチャリティーでバイト馬鹿な私は「いや、いいですよ」とかいいながらも、「昔の常連さんだし……」なんていう無駄なセンチメンタルに引きずり込まれ、さらなる甚大な被害をこうむる種をどっぷり植え付けて帰ってくることになるのは必至という結論に至るのである。
 そうこう考えるうちにも、マッカーサーの次はヒットラー、ヒットラーの次は板垣退助、「どこでコーヒーを売っておられますか」をはさんで再びヒットラー、私の部屋の一角にはチキチキハガキでできた白いタワーができあがっていった。
 しかしある日、状況が動いた。
 その日のポストに入っていたのは、ハガキではなく分厚い封筒だったのである。さわってみると、なにかかたい物が入っている。
 ――こ、小型爆弾!? 
 耳を近づけたが、カチカチという秒針の音はしない。そこで、おそるおそるガムテープをはがし、なかをのぞいた。すると……かたいものは、マライヤキャラリーのCD「The Ones」(ベスト盤)だった。

『敬愛なる もくれん様 僕の好きな音楽を貸します。聞いたら返してください』

 ――おっさん、意外と趣味ひろいなあ。しかも返せってか。  (つづく)