ヒットラーハガキはもういらない その5

 ――なんでマライヤ……
 ポストのまえでぼう然とマライヤキャリーのCD(ベスト盤)をひらく。鼻を近づけてみたが、異臭はなかった。ケースやジャケットも調べたが、ところどころにひび割れはあるものの、盗聴器やピンホールカメラらしきものは見当たらない。部屋に持ちかえってくわしく調べてみることにした。
 あらためてCDをながめてみると、相当聴きこんだ愛用の一枚であることが見てとれる。ジャケットは手汗をふくんだのか気色悪く波打っており、折れ目の部分は擦り切れて白い粉をふいていた。
 折り込まれていた日本語訳の歌詞シートを見ると、文字にそってたくさんの爪で引っかいたような痕がついている。必死で歌詞を追いながら聴いたのか。「HERO」という曲にいたっては、歌詞のなかに出てくる「hero」という単語すべてにピンクの蛍光マーカーがほどこされていた。
 ――hero……ヒーロー……英雄? つまり総統? うーん。
 様々な疑問に頭をひねりながらも、私はCDを取り出すと、とにかくプレイヤーに入れて聞いてみることにした。
 もしかしたら、再生ボタンを押したとたんに起爆装置に電源が入って爆発するかもしれない。もしくは『アナタハ、ガッコウサボッテ、バイトシテイル』みたいな変な宇宙人声のメッセージが流れ、これまたやっぱり10秒後に爆発したりするかもしれない……。
 不安や恐怖が交錯したが、まあそんなの、007の世界だしな。大丈夫だろ。それになにより、このベスト盤には聴いてみたいと思っていた曲も入っている。てきとうにMDに録音して、CDは証拠物件としてまた保存しておけばいい。
 再生。

 でっでっでっでっでっでっ

 ……? 再生。

 でっでっでっでっでっでっででででででででででで

 再生。

 ででででででででででででででででででででででででででででででで

 ディスクが壊れていて、再生できなかった。
 ――どーいうことやねん!
 ためしに自分のCDを入れてたしかめてみるが、やはり壊れているのはマライヤキャリーのCDであった。ディスクを裏かえして見ると、中心に近い部分にバッサリと深い傷が入り、まるで私を四次元の世界へといざなうかのような不気味なプラズマ色に光っている。これではいくらクリーニングしても読み込めないだろう。
 ――こ、これは、嫌がらせ?
 私はそれ以上の再生もMDへの録音もあきらめることにし、マライヤキャリーのCDを「証拠物件として」チキチキハガキタワーのうえに積み上げた。

(つづく)