ヒットラーハガキはもういらない その6

 マライヤキャリーの翌日は「アメリカンポップスvol.1」というCDが投げ込まれていた。
 そえられた手紙には同じく「貸します。返してください」と書いてある。その翌日には「アメリカンポップスvol.2」、そのつぎが「アメリカンポップスvol.3」。5日で5枚セットのvol.5までコンプリし、不快ななかにも『5枚そろった!』という爽快感の入り混じる複雑な気持ちで私はそのCDを眺めることになった。
 このアメリカンポップス5枚セットもマライヤキャリーと同じく、歌詞カードとジャケットに汗染みと爪の痕がびっしりと刻み込まれている。なかにはケースが完全に割れてしまっているものもあり、一方的に贈られるものとしては気分を害するにじゅうぶんなレベルの劣悪品であると言えた。
 それでも進展があったとすれば、初日のマライヤとちがい、この5枚はすべてきちんと再生することができたということだった。

 ♪はにゃひらひれほれほんざほ〜れ、カモンベイベ、ドゥーザロコモーション♪

 ♪ほえんざないっ! はずか〜む! へれれ〜れれ〜、スタンバ〜イミー、スタンバ〜イミー♪

 聞いたことのあるメジャーな曲がつぎつぎと流れた。
 よく深夜の通販番組で「あれもこれもそれも、このアーティストもはいって、なんと×××円!」という、オトクなのかムダづかいなのかよくわからないが、とにかく知ってる曲ばかりがつまっている、アレである。

 ♪あーいげっす、ゆーせー、わっけんみっきーふぃーりぃすうぇーい、マイガール(マイガール(マイガァ〜ル))トーキンナーマ〜イガ〜ァ〜ル、マイガル♪

 ――ふうん、この曲って、こんな歌詞なのね。マイガ〜ル♪
 気づくと、私はマライヤに刻み込まれていた不気味な傷のことなどすっかり忘れ、曲にあわせてちゃっかり鼻歌まじり、歌詞カードを爪で追いながらウキウキしてしまっていた。日本語カバーもされている名曲「VACATION」にいたっては、イントロの「V・A・C・A・T・I・O・N!」以降も英語でちょっと歌えるようになってしまっている。
 いいい、いかん、これでは。あっさり相手のオモウツボではないか!
 5枚のCDをもれなくMDに録音し、もっとアメリカンポップスを楽しみたい気持ちはてんこもりであった。これまでのハガキ攻撃とはちがい、ちょっぴりいい人なのかもしれない、という気がしないでもないでもないような気もしてきた。
 が、思い出さねばならない。これはストーカー行為として、こちらが頼んでもいないのに送りつけられた気色の悪い、精神的苦痛をともなう、劣悪品のCDなのである。現在は音楽だからこそ聞き流せるものの、これが今後、写真集、小説、絵画、インテリア、ファッション小物、日用品、果ては、カレーライス、自作のミックスジュース、おにぎりなど、ますます気色の悪い物品になっていく可能性だって否めないのだ。
 わずかな気のゆるみ、心の隙。ささやかなプライベートライフが、他人から一方的に押しつけられた趣味によって侵されはじめるという「ストーカーの恐怖・第二章」の扉を押し開いてしまうのは、ほかならぬ自分自身なのである。
 ――しかも、このCD、返さなきゃいけないし。
 ここへきて、私は自分が新たな苦痛を受けていることに気づいた。
 人間、「返事を下さい」と書かれたハガキなら、そこにどれだけ想いの数々がしたためられていようと、自分の心しだいで「気色わる」とごみ箱に捨てたり、「とりあえずもらっとこ」と保管したり、自由に処理することができる。「ハガキ」に上乗せされた「想い」という部分さえ否定してしまえば、残るのは、なんかごちゃごちゃ書かれた「いつでも捨てられるただの紙切れ」でしかなくなるからだ。
 しかし、「返して下さい」と書かれたCDとなるとどうだろう。
 CDには送った人間の「想い」というものの上に、さらに「アーティストの思いのたけ」や「つづられた愛」、「音楽性」や「芸術性」、ジャケットの「デザイン性」からレコーディング、プレス、販売に携わった人間の「労働力」など、はかりしれない余剰価値がそこに宿っている。
 こうなると、とたんにCDに対する目線が「捨てるのはもったいない(貧乏性)」「一枚1,575円もする(守銭奴)」「返さなきゃ(A型)」「借りパクは迷惑行為だよ(長女)」という強迫観念によって侵されてしまい、はやくも私は、思いもよらぬ角度から、ぐりぐりと精神的ダメージを受けはじめてしまっているのである。
 ――くう〜っ、しかも、今後、CD返さなかったことを責められたら、どうすりゃいいの? 私、ゼッタイ気に病むじゃ〜〜ん!
 相手は、思った以上にこちらのことをよく観察し、知り尽くしているのかもしれない。

 一方このころ、私は大学を卒業し、就職をひかえて上京の準備に入りはじめていた。バイト生活はそろそろ引退、このマンションから撤収する日も、近づいていたのである――。

(つづく)