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ヒットラーハガキはもういらない その7
東京での仕事が決まり、新居を契約、現在のマンションを退去することが決まった私は、身のまわりの整理をするため奔走する毎日。不要品を処分し、持っていくものを段ボールにつめる。
「もくれんちゃん、本はどうする? 全部この段ボール?」
「あ、本は赤いテープの段ボールにおねがい」
「CDは?」
「ああ、CDはこの小箱に詰めてもらえるかな」
手伝いに来てくれていた友達に本棚の荷づくりをまかせ、私は生活用品や洋服などをまとめていった。すると、例の男性から送りつけられてきたチキチキハガキタワーが目にはいる。
――ああ、これは……捨てるか。
証拠物件として収集はしてみたものの、その後なにか実害があったというわけではない。あいかわらずハガキの投函はつづいているが、最近は部屋に持ち帰るのはやめて、すべて集合ポスト前のくずかごへと捨てるようにしていた。
マンションを出るならこのヒットラーハガキ問題も自動的に解決されるだろう。それにこちらは新しい生活が待っている身、いまさら男性を追及して仕返ししてやろうというのはあまりにも後向きではないか。必要のないこだわりは捨ててしまおう、そう思ったのだ。
かくして数日後、新天地・東京へとやってきた私は、新しい生活、新しい仕事のいそがしさにおわれ、しばらくのあいだは引越しの荷解きもままらない状態で、それでも楽しい毎日を送っていた。2週間ほどたち、ようやく休みらしい休みをとることができたので、部屋の隅に積みあげていた段ボールを開くことにした。
なかにはCDが詰め込まれている。友達が手伝ってくれたものだ。ケースが割れないよう、きちんと小箱に分類してくれてある。CDラックを組み立て、数枚づつCDを取り出していく。
と、私は一枚のCDを手にしてかたまった。
『マライヤキャリー 「The Ones」(ベスト盤)』
――うそ〜ん。
さぐってみると、「アメリカンポップス」もvol.1からvol.5まで梱包されているではないか。おお、友よ、なんてことしてくれた……
――でも、まあ、いいか。
返してくれといわれたCDを持って来てしまったのは申し訳けないが、あのヒットラーハガキはすべて捨ててしまい、いまさら郵送で送り返そうにも住所がわからないのだ。それにまあ、まさか引越し先の住所まで調べて追ってくるとも思えない。あの男性だって、地域の人間だ。時がたてば新しいコーヒー店に居場所を見つけ、私のことも忘れてしまうだろう。
再生できないとわかっているマライヤのCDはごみ箱に、そしてアメリカンポップスは、ラックのなかに収納された。5枚並んだアメリカンポップスのジャケットを見ていると「なんとなく思い出」という感慨も見えてくる。まだそう月日がたっているわけではないが、もう自分は社会人として歩き出してしまった。これから、学生時代、アルバイト時代の自分の姿はすこしづつセピア色になっていくのだろう。東京でのこれからの生活たのしみでたまらない、けれど、名残り惜しい、そんな気持ちだった。
そんなある日のことだった。
仕事から帰宅しポストのなかをのぞくと、請求書や広告チラシにまじって見覚えのある“のたくり字”が、一枚……。
『敬愛なる もくれん様 近ごろお見かけしませんが、どちらにいらっしゃいますか。お留守は防犯面でもよろしくありません。お貸ししたCD、お聞きいただけましたか。よろしければそろそろ返して下さい』
ぎやああああああ!!
(つづく)
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